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辻村深月『凍りのくじら』感想

辞めては、開設の繰り返し。

そんなブログですが、また開設。

初めは、知人の記事をはてぶする為にわざわざ開設したものだった。

そんな中、自分の意見や感想を言葉としてアウトプットするいい練習の機会としてまた始めてみる。

 

日常のこと、読んだ本の内容、心に残ったことば、食べたものの感想などのメモが多めの予定。

そして、システム的な面も興味はあるけど、多くは書かない予定。

本当に雑記なので、人気は出ない予定。

 

さて、ここから本題

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

 

 

 

2013年に購入してからずっと忘れられず、何度目かまた読んでしまった本。

トーリー的には主人公の心の成長であるが、この小説のテーマが何かを問われると難しい。なかなか独特な作品であって、人により評価の良し悪しが分かれそうなもの。

amazonでは「感情移入がしにくい」と多く言われているし、実際万人受けは難しいかもしれない。しかし、個人的には作品の途中、主人公より10歳以上歳上でさらに男ではあるものの女子高生の主人公に対してこれほど感情移入できる作品というのは珍しいくらいだったし、ハマる人にはハマるというものかもしれない。

 

主人公は高校2年の芦沢理帆子。

ドラえもんが大好きで、藤子・F・不二雄を尊敬している。

藤子・F・不二雄が行った台詞、

『僕にとっての「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて、「少し不思議な物語」のSF(すこし・ふしぎ)なのです』

 

から、人や物事を「スコシ・ナントカ」で捉えるような遊びをするようになり、ドラえもんの道具で思考の補助をしたりする。 

そんな理帆子は誰とでも仲良くできるが、表面上でしか楽しめない。どこでもドアを持っているようで、少し不在(Sukoshi Fuzai)。

読書が好きなこともあり、年齢の割には達観し、周囲よりも大人びた考えを持っている自分に優越感を持っている反面、周囲に深く馴染めないことに劣等感を抱いている。

本が好きな自分には、いや読書量でしか他人に勝てない自分には

そんな部分に深く共感を抱き、この作品は人生の中でも大切にしたい本となった。

 

突如現れた先輩の別所は理帆子に写真を撮らせて欲しいと言う。

別所との会話は理帆子の考えを導出するための鍵となり、

それでいて少しずつカウンセリングのように心を和らげる。

「周りの子はみんな、もっと軽い気持ちで人と繋がって、薄っぺらい理念と強く刹那的な感情の動きで泣きわめきながら結びついたり離れたりするはずだ。だけど、理帆子さんはきっとそうじゃないんだろうね。強い理念と薄い感情の動きで人と付き合う。そんな具合」

 

 

また、別所と理帆子の本への想いにも共感できる。

 

あの時期にこの作品がなかったら、今時分は生きてなかったかもしれない。そう考える瞬間が、僕にはあるよ。理帆子さんの気持ちが、だからよくわかる。
こういう子って、多分僕や理帆子さんの他にもたくさんいると思う。−本による救いの形を論じるのって、ホラー映画に依る青少年への悪影響を嘆く風潮と表裏一体だから、あんまり好きじゃないけど、それでも本当に面白い本っていうのは人の命を救うことが出来る。その本の中に流れる哲学やメッセージ性すら、そこでは関係ないね。ただただストーリー展開が面白かった、主人公がかっこよかった。そんなことでいいんだ。
来月の新刊が楽しみだから。そんな簡単な原動力が子どもや僕らを生かす

 なんだかんだこの別所のセリフが、

この本の一番のテーマなのではないかと個人的には思っている。

この本、理帆子への共感、それ自体に対して意味を持つもの。

「読者にも理帆子みたいな人ってたくさんいるよね?それでも大丈夫ですよ。」とまさしく救いの形をとろうとしているのかと感じた。

 

もう少しラストは膨らませて書いて欲しかったが、

心から好きだなと思える作品であることには間違いはない。

 

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)