喜劇のバトル中に起こる倫理観に脱帽|『マリアビートル』伊坂幸太郎

新幹線の中だけで起こる殺し屋たちの笑いあり闘いありのバランスの良い小説


伊坂幸太郎さんの書く作品はどの本もキャラクラーが魅力的で、ユーモアに溢れていますが、本作品も漏れなく該当していました。グラスホッパーの続編のような位置づけですが、本作品だけを単発で読んでも十分に楽しめます。

[amazonjs asin="4041009774" locale="JP" title="マリアビートル (角川文庫)"]

キャラクターは、以下5名がメインです。

悪魔のような中学生美男子の王子

檸檬とタッグを組む文学好きの蜜柑、

蜜柑とタッグを組むトーマス好きの檸檬

王子に自分の子供の復習を試みる木村

運は悪いが首折りが得意な七尾

 

感想


王子を始め、蜜柑と檸檬など今回も独特且つ濃厚なキャラクターで構成されている本作品は、物語としても面白いし、教養的・啓蒙的な一面も感じることが出来て、読後は少し頭がよくなった感じがしました。

王子は嫌われがちなキャラクターながらも、正当な理論派で、現実世界でまともにこんな事言われたらどうしよう。というセリフばかりを言って周囲の大人を困らせます。

檸檬三島由紀夫ドストエフスキーヴァージニア・ウルフなど文学の引用や作家のことが大好きで、どれか一作品ぐらい読んでみようかなという気にさせられます。これこそまんまと伊坂幸太郎さんの術中にはまっている気がしますが。笑

最後の方では、「なぜ人を殺してはいけないか?」という倫理観あふれる哲学的な話題で終焉しますが、王子のように子供だけではなく大人の読者もなるほどと納得できる結論になっていると思います。

 

 

 

受験科目にトーマス君ってのがあれば、俺は東大入ってたな


檸檬のトーマス好きが表現される最たるセリフだと思いました。

この檸檬(と蜜柑)というキャラクターが本当に曲者で、かわいく、そして強いんです。この物語を読んでいる人みんなに好かれると思います。

 

もう一つ、俺の好きな文章を教えてやるよ。


このセリフの後に来る作品は『午後の曳航』なのですが、蜜柑の引用はとても魅力的で少しその作品に興味を持ってしまいます。

「どうして人を殺してはいけないの?」と王子に聞かれた蜜柑は戸惑いもせずに、自らの読書経験から淡々と答えることが出来ます。

うっとりする文章で好きと書いていますが、僕はあまりうっとりはしません、印象的ですが。

『大人たちが僕らに抱いている夢の表現で、同時に彼らの叶えられぬ夢の表現なんだ。僕達には何も出来ないという油断のおかげで、ここにだけ、ちらと青空の一トかけらを、絶対の自由の一トかけらを覗かせたんだ』

 

僕がここで君に小便をかけたら、どうする?


王子との「なぜ人を殺してはいけないか?」という会話で出たセリフです。

ここの場面、緊張感もありながらわかりやすく説かれていてとても印象的なシーンでした。

まず、世の中は禁止事項で溢れていることを説明しています。

僕がここで君に小便をかけたら、どうする? 僕が君のその服を全部脱がせて、裸にしたらどうする? 車内で小便をしたらいけない。 他人を裸にしたらいけない。 悪口を言ったらいけない。 煙草を吸ってはいけない。 チケットを買わないと新幹線に乗ってはいけない。 ジュースを飲むためにはお金を渡さないといけない。

そして、無数の禁止事項の中でも取り返しのつくことと、つかないことがあると言います。盗んだお金や汚れてしまった服も元には戻るが、一つしかない希少な命はかけがえのないものです。

その命が失われるかもしれないとなったとき、国家の経済活動が停滞してしまうとまで。個人から国家まで、ミクロ視点からマクロ視点までを影響範囲に入れた鋭い指摘でした。

 

この後、国家や法律は関係なく、人を殺してはいけないと思う理由を述べています。

自我が消えることは、とてつもなく恐ろしくて、悲しいことだから

と最後に締めくくっているところが綺麗にまとまっていました。