車視点の方が人間味が強く出る|『ガソリン生活』伊坂幸太郎

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本作品は緑デミオの車が主人公となり、様々な乗り物とユーモアのある会話を繰り広げる物語です。ある日、女優の翠を乗せたことをきっかけに、トラブルに巻き込まれ、持ち主の望月家のメンバーと共に事件の解決に乗り出すミステリー作品でもあります。

 

感想


視点が「車」という斬新な作品でした。

車同士でもしゃべることができるし、人間の会話を聞くこともできる。

ただし、こちらから言いたいことは人間には伝わりません。

近年は車にもAIが搭載されて、なんとも現実世界でも有り得そうな話でもありました。

伊坂幸太郎さんの持ち味のユーモラスな会話は車になっても相変わらず炸裂していて、むしろ車の気持ちの方が人間よりも純粋で人間らしいんではないかと思えるほどに自然な会話でした。

 

 

人間のやることは99%は失敗


細見氏はよく、朝礼で子どもたちにこう言うらしいんだ。『いいかい、人間のやることの九十九パーセントは失敗なんだ。だから、なんにも恥ずかしがることはないぞ。失敗するのが普通なんだからな』とね。勇気づけられるだろ。学校で教えるべきことはそういうことだよ。ただ、それにしたって、人身事故は絶対にやっちゃいけない失敗だ

最後のオチが車ジョークになっていて、めっちゃ笑いました。

前半がとてもいい話だし、最後の一文を除けば誰もが「そのとおり!」と思える内容であるにも関わらず、最後に冗談を挟んでくる。

人身事故は車両が悪いこともあるかもしれないけど、転落など人間側のせいなんだと思いますが、列車に気持ちがあるなら絶対に人間をひきたくはないだろうなぁと想像してしまいました。

 

過激な言葉をわざと使うやつは気に入らない


お前も聞いたことがあるだろ。狂牛病という謎の病気。

中略

あれはそもそも、『牛海綿状脳症』という病名なんだ。それをある時、海外の記者が『狂牛病』と名付けた。分かりやすくて、恐怖を煽る、最高の名前だね。発明だよ。狂牛病って名前の威力が絶大だったのは間違いない。新聞が、『牛海綿状脳症』といくら書こうと、大半の人間は、『狂牛病』と呼ぶだろ。たぶん、煽るのが得意な人間は、言葉の選び方にもセンスがあるんじゃねえか。

あったなぁという思いと、そうだったのかという気付きがありました。

当時は狂牛病という言葉があったせいで、マクドも牛丼チェーンも牛肉を使うのはやめて豚を使用し始めて、毎日のようにニュースで報道されていました。

たしかに、当時は気付かなかったけど、狂牛病というその名前に煽られていただけで、本来の恐ろしさよりも過剰に反応していた感じはしました。

言葉の選び方の悪い面を知ることができました。

 

守ろうと思って、守れるんだったら世話ない


「お母さん、江口さんはわたしを守ろうとしてくれているの」 「守れなかったらどうするのよ。あのね、サッカーのゴールキーパーなんて、みんな、ゴールを守るつもりでいるのよ。なのに、試合では何点も取られちゃうんだから。守ろうと思って、守れるんだったら世話ないんだから」

お母さん、正論過ぎました。このセリフどこかで使いたくなりますね。

 

 

うんこ野郎と呼ばれる


たぶん人間には、「びっくりするような情報を知りたい」「びっくりするような情報を発信したい」という欲求があるのだろう。おそらくその欲求にこそ、人間の文明が発達してきた理由があるに違いないが、かと言って、「びっくりしたい」ことが優先されて、真実が蔑ろにされると、被害を受ける者も多くなる。
「ニュースは先入観を作る。もちろん悪意はなくとも、だ。悪意があれば、もっと簡単だ。いけ好かない有名人がいたら、セクハラ事件をでっち上げればいい。あとでいくら小さな訂正記事が出たところで、世間に一度広まった印象はなかなか消えない。一回、うんこをぶつけられた奴は、その後はずっと、うんこ野郎と呼ばれる。投げつけた側じゃなくて、投げられた側がな。変なもんだ」

 

これも読んで気づいてみればおかしな話だなと感じました。

ニュースでは、事実かどうかというのはあまり関係なく、インパクトがとにかく強く出るようにされています。

人間の注目を集める仕事なのでしょうがないのですが、報道される側の言い分というのはほとんど効果がなく、報道する側の見せたいように、思わせたいようにコントロールされてしまいます。

わかっているつもりではいるものの、つい聞いたまま見たままに受け取ってしまいがちです。ほんまかな?と疑ってかかるべきことも多いのでは?と思ったセリフでした。