素朴で純粋ってかっこいい | 『羊と鋼の森』宮下奈都
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感想
主人公外村はとっても素直で、素朴、真面目といった印象で、調律師の才能はまだ開花しきっておらずそこそこですが、努力家なことは周囲にも認められているほどです。この外村と先輩の柳さんのコンビの会話がとても綺麗で、心地よく、読んでいて心が澄んでいくようでした。
物語展開としては全体的に緩やかで、ドキドキハラハラのようなものはほとんどないのですが、なぜか次を読みたくなるようなお話でした。
調律師を題材にしているので、音楽だけではなく音自体の話が多く、なにか音楽を演奏したことがある人にとっては、とても興味深い話が多いと思います。
登場人物に悪いやつがでないことからも、読んで絶対にほっとする一冊となるのは間違いないです。
ホームランを狙ってはダメなんです
「焦ってはいけません。こつこつ、こつこつです」 「こつこつ、どうすればいいでしょう。どうこつこつするのが正しいんでしょう」 「この仕事に、正しいかどうかという基準はありません。正しいという言葉には気をつけたほうがいい。こつこつと守って、こつこつとヒット・エンド・ランです」 「ホームランはないんですね」 「ホームランを狙ってはだめなんです」
このじわっと癒やされる感じがとてもすきです。
外村はコツコツ努力をするが、どうすれば正しい努力なのかについて疑問を持っているところにこの会話が出てきます。
なんの世界でも才能によって、早咲きする人がいるものですが、自分の生きている世界、業界でもこんな言葉が聞けたらどれだけ力強いことか、と感じて外村がとても羨ましい気持ちになりました。
最後まで気持ちよく鳴る音でなくてはいけない。
「たとえば、うまいレストランがあったとして。その日の体調や気分にピッタリのメニューを作ってくれたら、そりゃいいよな。でも、その店の良さを信じているなら、自分に合わせて日によって味付けを変えてほしいとか言わないだろ。あ、外村、言う?」「言いません」「だよな。そのメニューにこちらが合わせようとするんじゃないか。カッコとしたうまいメニューを食べに行く心意気みたいなものが客の側にもあって然るべきなんだよ。まあ、レストランだとしたら最初のひとくちでうまいと思わせなきゃならない」「はい」ほんとうに腕のいい料理人は最初のひとくちだけじゃなく、最後のひとくちまで美味しく食べてもらうことに苦心するだろう。ピアノの音だって同じことだ。最初の一音がぽろんと鳴ったとき、お、と思わせるインパクトがほしい。だけど、最後まで気持ちよく鳴る音でなくてはいけない。難しい注文だと思う。最初のひとくちで気に入ってもらえるような味、音。最後まで美味しいと思ってもらえる味、音。付き合っていくうちに、少しずつ親しんで、なかなかいいやつじゃないかと思ってもらえたらそれでいい。調律する人間がそんなうすぼんやりした人間であるのに、紡ぎ出される音が最初からぱきっと相手の心を打てるはずがない。
この会話からは調律師のアツい職人魂を感じました。
料理の例えが絶妙にわかりやすくマッチしていて、とても好きです。
個人の感覚に響かせるような職業というのは、モノにまでそうやって魂を込めて作られていて、一つ一つのモノが職人の作ったものなのだという意識が芽生えた気がしました。
今回のピアノの場合でいうと、ピアノを作ったわけでもなく、演奏をするわけでもない、調律する立場からこの意識を持てるというのは非常に素晴らしい感覚だなと物語りながら感心してしまいました。
星座の数。八十八って、ピアノの鍵盤の数と同じなんだよ
本当かどうかはさておき(笑)とても綺麗な締めくくりの話でした。
星座の数と鍵盤の数の偶然の一致と、それにかけたおしゃれな話。
膨大な音の海から正確に拾い上げ〜ってところがめちゃくちゃかっこいいと思いました。
映画化もされていて、本当にオススメだと思ってるので、まだ読んでいない方はぜひ読んでみてください。