『ハーモニー Harmony』伊藤計劃

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生府(せいふ)という名の政府が牛耳るディストピアを描く物語。

体内に入ったWatch meという機械によって徹底的に管理された健康状態を全員が享受でき、傷つくことや病気をすることもない世界に生きる主人公たち3人は何かがおかしいとは感じながら生きています。

生死をテーマにしている点もあり、全体的に暗い雰囲気の物語なのですが、ユーモアかつ知的な会話によって中和され、とても読みやすかったです。最近でいうと、村上春樹さんの『1Q84』を読んでいるときの感覚でした。

 

未来は一言で『退屈』だ


未来は一言で『退屈』だ、未来は単に高台で従順な魂の郊外となるだろう。昔、バラードって人がそう行ってた。SF作家。そう、まさにここ。生府がみんなの命と健康をとても大事にするこの世界。私達は昔の人が思い描いた未来に閉じ込められたのよ

「昔の人が書いた未来に閉じ込められる」なんて素敵な言い回しなんだろうと思いました。伊藤計劃さんのこのかっこよくて、それでいて腹落ちするような書き方がとっても好きです。

 

フィクションには、本には、言葉には、人を殺すことの出来る力が宿っているんだよ


「若きウェルテルの悩み」っていうの、これ。ミァハはそう言って一冊の本を差し出す。
「この本ってすごいんだよ、何人もの人間を殺したんだ」
本で、どうやったら人が死ぬの。殴るとか。
私がそう訊ねると、ミァハは「若きウェルテル〜」の内容を説明し始める。主人公には好きな女性がいるんだけど、その女は別の男と婚約しているの。だから主人公は最後、叶わぬ恋に耐え切れず自らの命を立つのね、と。
「単にロマンチックなラブストーリーに聞こえるけど」
とわたしは訊いた。
それと、たくさんの人が死んだっていうのは、どう繋がるの」
「本の内容に影響を受けて、似たような境遇の人達が次々にマネし始めたのよ。ウェルテルそれ自身は、作者であるゲーテの実体験を基にしているとはいえ、全くのフィクションだった」
そこで御冷ミァハはにっこり笑って、目の前に本の表紙を突きつける。
「フィクションには、本には、言葉には、人を殺すことの出来る力が宿っているんだよ、すごいと思わない」

 

本の影響力の強さを訴えかける会話です。

誰も傷つくことの出来ない監視されたディストピアの世界だからこそでもありますが、本で他人を殺すことができることがとても印象深いです。

僕の場合、逆に言うと絶望的状況であっても、一冊の本で希望を持つことができるといった影響力も信じたくなるようなセリフで大変好きな会話シーンでした。

 

なぜ十二時前後にお昼を食べるか、知ってる?


「なぜ十二時前後にお昼を食べるか、知ってる」
「おなかが空くからでしょ」
「キアンはそうじゃないみたいだけど」
「ご、ごめん」
「いや、別に謝ることじゃ」
「そう、謝ることじゃない。いつお腹が空こうがその人の勝手、けれど、学校という空間は人間の生理の勝手を許容するようにはできていない」
「集団生活だからね」
「授業中にご飯食べたっていいと思わない」
そう言われると、ご飯中に雑誌やメディアを見ることは誰にだってあるのに、教科書を読みながらご飯を食べちゃいけない理由がよくわからない。授業中に集中できないから、そうだろうか。退屈さという意味では食事も授業もいい勝負だ。少なくとも、授業の障害になるほど私は父母の作った弁当の味に期待はしていない。
「規律なのよ。こうやって規律は私達の生きる時間を、切り分け、仕分け、制御していくの。ややこしく言うなら、二時か三時におひる食べたいっていうキアンの生理は、規律に抵抗しているんだけど、キアンは規律の側に擦り寄らない自分の生を疎ましく思っている。思ってしまっている。学校の時間割は、昔っからあるものだけれどね、皆が集まって飯を食ったほうが楽しいとか、仕事に便利だとか、そういうのが何となく精緻化されていつしか時間割に、規範になる。健康第一、生命第一。面白いわよね、生活パターンデザイナーなんて、生命主義が蔓延する以前は存在しない職業だったんだから。何となくそうあったものがいつしか取り決めになり、空気になり、規範になり、法律になる。そういう目に見えないものが、今や私達の身体の生理を従わせようとしている。権力が掌握してるのは、いまや生きることそのもの。そして生きることが引き起こすその展開全部。死っていうのその権力の限界で、そんな権力から逃れることができる瞬間。死は存在の最も秘密の点。もっともプライベートな点」
「誰かの言葉、それ」

 

これ、あまり考えたことなかったけど、小学生からかその前からなのか、いつの間にか僕たちは規律に支配され続けてしまい、規律側に身体の生理を合わせてしまっていることに気付きました。

例えば、12時にお腹が減っていなくても昼休憩の時間になればご飯を食べているし、その時間に身体を合わせれない人は例外となってしまう。それをここでは「権力に生きることを掌握されている」と表現して、死によって逃れることが出来るとしています。

少し極端な表現となっているが、僕にとってはかなり刺さる例え話だったし、深く心に残りました。

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